Calendar
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
Profile
Category
Comment
Mobile
qrcode
Search
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - |
心のオシャレの3か条
母が古いカセットテープを持ってきて、「これダビングできひん?」(←つまりダビングして欲しい)と突然聞いてきました。残念ながらカセットテープレコーダーはとうの昔に処分・・・。なんのカセットかと思えば、とある方(私は知らない人)の口演が録音してあるテープでした。題は「心のオシャレの3か条」
なんだそりゃ、と思いながらも暇だっ気になったので聞いてみることに(レコーダーはないけどラジカセはある)。
40分〜50分ほどあったのですが、その間退屈することもなく聞いてしまいました。話が上手い。わかりやすくて面白くて話術って本当、“術”だなぁと意味不明に当たり前のことを実感しました。
心のオシャレの3か条、曰く、このテープが録音された口演の参加者が女性だったようで、このような題をつけられたようですが、自分自身がどう生きる、生きる上での身に着けておきたい3か条、と受け取りました。

 ○ シンプル
 ○ ユニーク
 ○ ハーモニー

これが3か条のキーワード。
シンプルは、本当に大切なことを見極めて、余計なものに執着しない、ということ。物が氾濫し、欲しいものはいっぱいあり、あれもこれもやりたいことがある。だけどいざという時、捨て去る潔さも必要だということ。それが自分にとって大切なものだとしても、それよりもっと大切なものはあるんじゃないの?ゴテゴテと着飾るより、本当に欲しいものだけ身に着ける。その方がずっとオシャレ。

ユニークとは自分自身がユニークであるということ。人は皆、元からユニークですが、どうしても横を見て比べてしまう(特に日本人はそうだと思う)。比べる暇があれば今に感謝する心を忘れないでいなさい、とのことでした。
「自分自身が好きですか?」
うっ・・・
ユニークでない人は劣等感が強い人であり、ストレスを感じやすい。仕事への不平不満、容姿に対する自信、それもこれも誰かと比べ、勝手に嘆き、何かのせいにいてより良くしようとする姿勢のない自分自身の内からきてること。でも自分の内にあるものだということは、自分の心一つでどうとでもできる。前向きに、何事にも感謝の気持ちを忘れない。そうすれば自分は自分であることが好きになれる。それを習慣付けることが大切だ、ということです。

ハーモニー。これはユニークとも繋がってくるキーワードで、自分がユニークであれば、様々な人間関係にある人と、ハーモニーを奏でることができる。つまり上手く関係を築いていくことができる、ということです。相手に依存するのでもなく、自分に引き入れるのでもなく、個々としてしっかり地に足をつけていれば、その関係はハーモニーになる、ということでした。

こうやって書いちゃうとつまらない感じですが、話は冗談も交えて凄く面白く、それでいて大切な要点はきちんと伝わるように話されていて、聞いて良かったです。ナイス母。だけどダビングは・・・。
忘れないうちにブログにてメモメモ。
| 心と身体 | comments(0) |
解放
人の揚げ足を取って、その人のことなんてその人の立場にならなければ決してわからないのに、自分のイライラが非難することで捌け口を見つける。
醜い。
鬱だ。
会社に居るのが辛い。憂鬱で仕方ない。
今は姉親子が里帰りしてることもあって公私がなかったことも関係しているのかもしれない。
常々、いつでも辞められると思っているけど、もう辞めたい…と本気で思った。思ったらすぐにでも行動に移したくなる極端人間。

どうなりたいの?何を恐がってるの?

と思う。
どうやって生きて行ったらいいのか展望が見えなくて、深く考えたこともなかったんじゃない?と自分に呆れて、計画もなくて、無知で無力で…
そうやって自分を追い込んでいく。それでどうなるわけでもなく。
流されていく。

週末、月のものが来る前のしんどさもあったのか、すごい鬱で会社を辞めたいと親に弱音を吐いた。
なんで?どうして?
と突き詰められていくうちに、自分の愚かさに気づかされた。
小さな新聞の切抜きを渡された。
読んでみ、と。


- 解放 -

神よ、私を解放してください。
愛されたいという思いから、
評価されたいという思いから、
重んじられたいという思いから、
ほめられたいという思いから、
好まれたいという思いから、
相談されたいという思いから、
認められたいという思いから、
有名になりたいという思いから、
侮辱されることへの恐れから、
見下されることへの恐れから、
非難される苦しみへの恐れから、
中傷されることへの恐れから、
忘れられることへの恐れから、
誤解されることへの恐れから、
からかわれることへの恐れから、
疑われることへの恐れから。

マザー・テレサの言葉


涙が出てとまらなかった。
こんな聖人みたいな人でも、こんなことに苦しんでるんだ。
とか小学生みたいなことを思った。
私は何もわかってない。私はまだ世界が自分を中心に回ってると思ってる。
| 心と身体 | comments(0) |
この瞬間だけは
会社を休むのを何とかしよう…。
すっかり休み癖がついてしまった。12月に有給が更新されたのに、すでに半分使ってるという事実。しかも1週間前に届出とかではなくて、全て朝に体調不良で〜と電話して休んだものばかり。というか今までその線以外で休みを取ったことがないとか、もうね、ホント自己嫌悪。
所詮私は規定どおりに動くことなどできない人間だ、とネガァー(ネガディブ)になっていたけど、よく考えたら高校は皆勤賞だったし、休学中のアルバイトも1年半近く働いたけど、一度も突然休んだりしたことはなかったのだ。もちろんフルタイムといえど、就職してる今の仕事に比べたら単純作業だし、精神的に全然楽だし、周りはパートのおばさんばかりだし、環境、条件を考えると比べる対象にならないけど、それでももう少し責任感があったような気がする。いくら単純作業といっても、それなりにプライドを持って働けてた。

( ´_ゝ`)ネガァー <今の仕事はお前には分不相応なんだよ、バーカ。責任感うんぬん以前の問題だっての。
( ・ ω ・ )ポジィー <もうちょっとがんばれば?あんたパソコンは一応好きでしょ?ホイホイ休めるんならいいじゃん別に。

どう考えてもネガァーの言い分がもっともだな。んじゃ辞める?

( ´_ゝ`)ネガァー <お前、辞めてどうするよ?別に辞めてもいいけど、とりあえず金はねーよ。ついでにお前には何の能力もねーよ。
( ・ ω ・ )ポジィー <辞めると決めたんなら腹決めなよ。別に辞めたって死ぬわけじゃないんだしさ。なんとかなるんじゃね?ニート生活バンザーイ

・・・。

休学中、働いてたバイトでは最初の方は調子もそんなに悪くなかったけど、辞める2〜3ヶ月前はかなり頻繁に過食をしていた。それでも休まなかった。もちろん無理してたけど、過食で休むとかあり得ないってどこかで思ってた。私なりのプライドだった。その気持ちはどこへ行ったんだろう。
この会社へ就職して、半年はがんばれた。だけど一度休んでしまえば、張り詰めた糸が切れたようにだだだだと休むようになった。去年の今頃もこんな感じだった。過食以外で休んだことはない。全部過食。過食して鬱で、起き上がることができない。電話しなきゃ。遅刻?半休?結論:どうせ電話するストレスは同じだから休もう。

どう考えても社会に適応できてない。社会のルールとやらに乗っかれない。私のまともな部分が一丁前に罪悪感を感じる。
苦しい。
がんばることもできず、思い切ることもできず、ただただ流されてるだけな自分。
心の空洞は過食で埋める。

だけど、今この瞬間は休むのを何とかしようと思ってる。もう一度まともになりたい。約束を守れる自分。そのためには過食をどうにかしないといけないのだけど。次の瞬間にはもう諦めてるかもしれないのだけど。
この瞬間だけは…
| 心と身体 | comments(0) |
あけない
2007年12月21日に書いたものがアップされないまま残ってました。
鬱近況なのでご注意下さい。
現在もあんまり変わってないのでした。
環境はちょっと変化したのですが。











落ちるのは本当に早い。
底なし沼におぼれていくように。
あるいは崖から底の見えない真っ暗闇へ一気にまっさかさま、のような。
そんな感覚。
落ちた。
それでも上を見上げたらなんとなく希望もある気がして。
ヘタレ込んだそばにはツタが生えている。
つかまって上ってみようと思うのだけれど、すぐに切れてしまう。弱いツタ。
それでまたどんどん落ちていって、上への希望もそがれていってしまう。
ツタにつかまる気力もなくなる。

疲れた…

こんなにまでなって、どうして保とうとしているんだろう。
明日に怯えて現実逃避してるのに、どうしてそのもっと先のことを怖がってるんだろう。
仕事を辞めたとして、どうするんだろう。
私は運よく就職できたのに。
このままずっと上がれなかったら?
私もう何歳よ?

何が良くて、何が悪かったのか、そんなことはもっと後になってわかることなんだろう。後悔してないならそれでいいじゃないか。意味のないことなんて何一つない。
私の信条…のハズ。

負のささやきとキレイゴトがないまぜになる。

あー、疲れた。

毎日過食してて、まともに寝れない日がずっと続いてて、ボロボロです。
それでもいつかは落ち着く。ここまでひどい状態はせいぜい3ヶ月くらい?(今までの経験から言って)あー、あと2ヶ月も持つかな?何でこんな冷静に分析してるんだ?この事態をもう受け入れてるの?支離滅裂。情緒不安定。

結局、過食したいんだな、私は。
そうやって精神的にどこか保ってる節がある。リスカといっしょだ。
前は過食するから苦しくて、リスカする気がしてたけど、今は過食して、自分を苛めている気がする。M体質なのか?単に身体が食を求めてる、と感じるときもあるけど、お腹がすいてるわけではない、むしろパンパン、それでもしてしまう、明日仕事、わかってる、それでもせずにはいられない、自分をとことん追いつめる。
これは自分で自分に対して行ってる虐待なんだろうか。

単にストレスでそういう行動に走ってしまうんだねー、とか言われたら、そのストレスをなくすために行動しなきゃいけないわけで、仕事から来るものだとしたら仕事辞める?いやいや辞めるまではいかなくても、ストレスがたまらないように仕事に励む努力をするとか方法はいくらでもある。でもそもそも過食によるストレスがあるわけで、過食で払拭しようとしてる(?)から矛盾というか、どうしようもない渦に入り込んでる。そのストレスの渦に仕事が絡んでるのは明らかなので、やっぱり仕事を辞める?あああああああああ

うだうだ言ってても一言で言えば疲れたのです。

大丈夫?と聞かれます。
大丈夫じゃありません。
けど大丈夫じゃないから何なの?
大丈夫と言うしか、思うしか、ないじゃないか。
結局生きてるんだし。明日は来てしまうんだし。

仕事辞めてもいいよ、と親は言ってくれるけど、別に親に言われなくたって、辞めるときは辞めるつもりです。
単に不安なのです。
辞めてどうするのか、その先が。
こんなにまでボロボロでも先を不安がってる自分が滑稽です。
つまりは会社に行くのが嫌のに、職を持ってる、ということに対して多少の世間体精神を保ってるんだから。
でも稼いだお金も過食に消えていくんだからバカとしか言いようがないけど。
エンゲル係数が笑えないほどにすごいことになってます。
過食人間ならば大体の人が抱える悩みですが。
| 心と身体 | comments(6) |
ささやかに
誕生日は半日、母に祝ってもらい、半日自分らしく過ごしました。
この年になって誕生日に母親と出かけるのはなんだかなー、とは思いません。
いいじゃん、いいじゃん。

昼食と美術館、フランスのお菓子屋さん。おかんと京都を巡る。
昼食はたぶん今まで生きてきた中で一番豪華でした。大げさでもなんでもなく。
京都らしく精進料理のお店。
門から店の玄関までの庭が綺麗に手入れされてて、高級感漂う造り。
入ると「ご予約いただいてますか?」とスーツのお兄さん。
いえいえ、予約何ぞしとりません。
お昼のメニューは3つ。6品、7品、8品。それぞれ名前がついてました(忘れた)。もちろん品が多いほうが高いのですが、一品多いだけでめっちゃ高!!
6品メニューでおねげーします(おかんも私も)。
料理は一つずつ風情漂う綺麗な器にちょこんと乗せられて運ばれてきます。もちろん綺麗にトッピングされて。んで、料理を運んでくる方がいちいちこれは何々の〜と説明してくれるのです。
「これは茄子の味噌漬けなんちゃら〜」
「これは胡瓜の何とかあえ」
「こちらは(以下略…というか覚えてない)」
実はこれ、サービス料としてしっかりお金取られるんです!本当、高級料理店はびっくりだ。
こんなお店に来ていながら、いや、こんなお店に来ているからこそ、おかんとは貧乏話に花が咲く咲く。
料理は本当に精進料理という感じで、肉はおろか、魚がちょこっと出たくらいで後は野菜。でもさすがに美味しかったです。
一品一品持ってこられるので、ウェイターの方はたえずこちらが食べ終わるのを確認されてるわけで…。
なんかあれよあれよという間に6品食べ終わってしまい、後はご飯&お味噌汁が来て、最後にデザートが用意されていました。スイカとプリンで作ったお菓子にハーブがのせてありました。
食べ終わっちゃったけど、すぐに出るのは何かがもったいない(←?)。
せっかくなのでトイレに行ってみることに(貧乏魂炸裂)。
期待通り素敵なトイレだった!!(アホ)
ドアや壁が全部和紙張り!!さすが!!でも中のトイレは近代的(洋式)でした。
男女分けの表示が男は農民?の人みたいなので、女はおかめさんなのです!一瞬どっちにはいるのかわからなかったよ(汗)。
しかしいくら高級料理店に行っても、セレブな気持ちには一向になりませんでした。いっしょに行った相手おかんとだったからかしらん。

その後、京都市立美術館へ。おかんはちょうど書道展で自分の作品を出品していて、そっちが目的。私は別のフロアでやっているフィラデルフィア美術館展に行くつもりだったのですが、せっかくなので書道展の方もおかんの作品だけでも見に行くことに(家で見たけど)。これが思った以上に楽しめました。この展覧会、賞などは関係なくて、いろんな会からいろんなジャンル(書道にも色々ジャンルがあります。仮名、楷書、隷書、篆書(てんしょ)など)の作品があり、しかも賞が関係ないので好き勝手してる人が多いんですよね。半紙に書いた文字だけが作品なんじゃなくて、額の色から、掛け軸にしてる人ならそれの塗装の仕方など、彫刻してる人もいたし、判子部門もあって単純に見入ってしまいました(判子はすごい細かい!!)。ちなみに私は隷書が好きです。でも篆書(てんしょ)も良かった。篆書(てんしょ)は中国の甲骨文字みたいな文字です(漢字の元になった古書体)。中には篆書(てんしょ)で全文字が書いてあるように見えて、ところどころ楷書が混ざってたりする作品もあってびっくり。一見したところではわからないように書かれてて面白いなぁと思いました。

すっかり書道展を満喫したのですが、本来はフィラデルフィアが目的(前売り券持参)。
こっちは土曜日とあってかなり混雑してました。モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ピカソなど超豪華な画家陣のフィラデルフィア美術館が貯蔵してる作品展を公開。
画家は超一流なのですが、有名どころの作品はあんまりなくて、ちょっとガッカリ。でもロダンの「考える人」を初めて見ました!!(結構小さかった)
あと、かなり広範囲の時代時代を追っていっていて、美術史がどう変化していったか、誰が誰の影響を大いに受けているか、など詳しく解説されていてそのあたりが勉強になりました。何とかリズムとか、何とかサロンとか、芸術家も大変だねー(どんな感想だ…)。

その後再びおかんと合流して(おかんはフィラデルフィアにはいかず、別の場所へ行ってた)、食べさせたいと言っていた“スフレ”というフランスのお菓子屋さんのお店へ。
そこはスフレ専門店で、知らなければ絶対わからないような場所にあるのですが、きっとホットペッパーみたいな情報誌で紹介されてるのでしょう、入ってみたらかなりお客さんがおられました。オーダーしてから焼くということで、焼きあがるのに20分。焼きたてじゃないと意味ないらしく、お席にいてくださいね、と念をおされました。さらにスフレのおいしい食べ方あんちょこ(←手書きだった)が用意されているという徹底振り。
実はこのお店、私の姉の夫が勤めてた和食店の娘さんがフランスに行って、スフレ作りを勉強し、帰ってきて独立して作ったお店とかで、フランス菓子なんだけど、ちょっと内装が和ぽかった。とても上品なお店でした。(しかしここでも貧乏話に略)
焼き立てスフレはホカホカ。食べ方あんちょこどおり、スプーンで穴を開けてバニラクリームを流し、クリームとスフレを絡めて食べる。
美味!!
クリームはバニラ以外にも色々種類がありましたが、初心者なのでバニラ(王道)。けっこうなお値段でしたがまた食べに行きたいです。

そんなこんなでお店を出ると夕方になってました。
実は母は2日前にドジ踏んで足を痛めてたのですが、それでも私のために付き合ってくれて感謝。

ありがとう、おかん。

その後、また別れて私は本屋巡りなどをし、ぶらぶらと妄想しながら歩いたのでした。
そんなささやかな誕生日は、ここのところかなりしんどかったのでなんとなく救われるような気持ちになったのでした。
| 心と身体 | comments(0) |
b動詞+過去分詞
さすがにYUIのMy Generationは聴いてて苦しくなりました。だってYUIは夢が叶ったからそう歌えるんでしょ?って。今までも「あ〜、自分自身のことを歌ってるんだな」とわかる曲はたくさんあったけど、My Gererationはあまりにあからさまな歌詞だから、なんだか気分が良くない。というかいたたまれない気持ちになってた。私が10代で青春真っ盛りなら勇気とか希望とか与えられたかもしれないけど。
でもこれって結局ひがみでしかないよなぁ。恥ずかしい。ネガティブ思考で聴くからダメなんだよ。遅すぎることなんて何もないはずなんだから。私がYUIの年だったときなんて本当、何も考えてなかったよ。将来のことなんて、とりあえず世間一般的なレールに乗っかって生きていけばそれでいいんじゃない?くらい。学校辞めるとか、家を飛び出すとか、考えもしなかった。夢がなかったわけじゃないけれど、それに向けて何か行動を起こしても、すぐに挫折してしまった。挫折なんて言葉にも行き着かない、ただもう才能ないと決めつけ嫌になってやめてしまった、そんな稚拙さ。
いつだって自分が受動的な生き方をしてきたと痛感する。この日本という国に生まれてきたから、幸いにして今のところ平和で、娯楽も充分享受できて、だから受動的でもなんとなく楽しめて生きていけたりする。だけど本当は自分から何かをして何かを得るほうが圧倒的に刺激的で楽しいんだ。それを私は知っている。
どうしたいんだろう、結局。悶々。
私は平均体温が低いから一心に夢中になれることができないのかなぁ。なんて屁理屈。したいこと、なりたいもの、本当にないの?今からだって夢見たっていいんじゃないの?けど私と“誰か”は違う。そこは理解しなければ。私は私以外の何者でもない。だから、少しずつでも充実させていければ…いいな。生きていくことに。多くを望まないふりをして、やっぱりどこかで望んでる。自分のことはよくわからないけど、だから失敗ばっかりだけど、どうか正直でありたい。
| 心と身体 | comments(0) |
気持ち一つで色鮮やかな世界
自分のあまりのマヌケさでドジを踏み、あー、絶対何か勘違いされてると凹んだのですが、でもそれで良かったのでした。

なんて意味不明な日本語(自分で書いてて)
一言で言えば、バカは良いと。
えええぇ!?まぁ、良くはないですね。うん。でもマヌケなのもそれなりに長所なんだよ。・・・たぶん。
結局はいい方に働くの。悪い方に働いても、もうちょっと先(未来)に行けば良い方に変換されるかも。
だって意味のないことなんて何もない(座右の銘)。原点原点。いつだって確認しなければ。バカだから。

私をハメてやったーと思われて、実はプライベートな私を知って「うわっ!?」と思われたと想像してるのですが、Tさん、感謝してます、本当に(もしこれを見ておられたら)。

この頃すごく私は優しさに恵まれてるなぁと実感してます。
毎日生きていく中で一番大切なのは自分と“誰か”との関係だと思ってます。結局は人と人。“誰か”は友達であったり、家族であったり、恋人であったり、先輩であったり、上司であったり。
何よりも大切なことにこんなにも恵まれてるのだから。
「ありがとう」は何度言っても、その気持ちは安売りにはならない。ありがとうございます、と思えることが多い自分はすごい幸せなやつだ。
すごく辛いときでも、調子の良いときでも等しく感謝することは多い。
ただ私が変われば世界が変わるということ。
私が死んでも世界は変わらず、どこかで日常のようにテロが起こり、株価は変動し、ニュースの最後には天気予報が流れる。
でも私が変われば世界は変わるね。急に頭が良くなったり、性格が変わったり、何かに目覚めたり、とかじゃなくて、心一つだけで。
世界は自分のもんだ〜♪(ギルド by BUMP)ってそういうことだね、きっと。

BUMP OF CHICKENのギルドはまさに自分のこと唄ってるな〜って、ずっと自虐的な気持ちで聴いてたのですが、最近少し聴こえ方が違うようになってきました。聴こえ方じゃなくて、私の聴き方が変わったのかもしれない。
ほら、やっぱり色鮮やかになる。

どうしようもないときはどうしようもないから。ただそれだけなんだよ。

| 心と身体 | comments(0) |
生きていくのは
私は日々醜くなるけれど、私を取り囲む世界はこんなにも優しい。
だから心だけでも優しくあれるように保ちたい。

ずっと意味のない奇声をあげて泣いてたけれど、久しぶりに聞いてもらえる相手を前に、言葉を発して泣いた。

過食をしてる自分は本当に気持ち悪い。私は“キモイ”という単語が大嫌いだ。だからやたらキモイキモイという人には気が引ける。
だけど過食の時の自分はまさにコレなんだ。
後悔して嘆いて泣いてめちゃくちゃになっても、だけど現実、過食症の人には悪いけど、少なくとも私の犯す過食はキモイよ。
そして不毛。自分がなんで生きてるのかわからなくなる。なんで生きてるんだろう。生まれてこなければ良かった。死んだとしたら今まで私に投資して、迷惑かけどおしな親に悪いし、励ましてくれる友達もいてくれるし、そもそも死ぬというニュアンスより消えてしまいたい、に近いなどと深々とナンセンスに思考を持っていってしまうけれど、そもそも生まれてこなかったらNothingだったのに。
なにもかも。
それこそ不毛だ。
だって生まれてきてしまったし、もう20年以上生きてるんだから。
バカだな。

生きているのはこんなにも愛しい〜♪とKOKIAは歌っていたけれど、生きていくのはこんなにも苦しい。
だけど、“愛しい”も嘘ではないんだろう。そう思える時だって・・・あったよね。これからもあるよね?

綺麗は汚い。汚いは綺麗。

バカだけど、バカだからしょうがないね。
不毛なことを繰り返して繰り返して、いつか意味を持たせられれば、いつかそれが何のためなのかわかる日が来れば、・・・本当はもうわかってるのかもしれない。
過食症でなければ、もっと最低な人間だっただろう。

すぐに忘れてしまうことばかりだけど、思い出すから。確認するから。
弱音も吐くことばかりだけど、がんばるから。生きていくから。きっと。
| 心と身体 | comments(0) |
さ〜ねぇ〜
あー、1月が終わる。
2007年1月は必死。哀れなほど必死。過食と過食と過食をしても普通を取り繕うのに。
不思議なのは電気ストーブとひざ掛け毛布一枚で夜通し寝るか、虚ろな時間を過ごしてるのに風邪を引いてないのと、毎日朝になって会社休みたいと考えるのに結局出勤してること。後者は意地みたいなものだけど。過食のせいで休んだらもう終わりだ、と自分の中で思ってる。

どんどん最低ラインを超えて、一度最低を越えるともうそこまでなら大丈夫とか勝手に線引きしてしまって、どこまで最低を更新してしまうのか。
もう太るのを止められないし、化粧もしないすっぴんだし、仕事はできないし・・・。

どんなに辛い時でさえ生きるのはなぜ?
さ〜ねぇ〜
あんたに何がわかるんだい、かまうのはなぜ?
さ〜ねぇ〜


宇多田ヒカルのBUREの歌詞から抜粋。彼女の曲は恋愛ものが多いけど、ドキッとするような、何気ないようで言葉にされると心に深く突き刺さる歌詞が多い。
この“さ〜ねぇ〜”ってところが、一オクターブ低く、本当にどうでもいいような感じで歌われてるのが更に引きつけられる。

本当にさ〜ねぇ〜だよ。
でもこんな自己主張してる時点で本当はかまって欲しいんだよ。
わかってる。
| 心と身体 | comments(0) |
1秒前の決意も裏切る
過食症ってそんなもんだよ。
一度火がついたらどうにもならない。真夜中だってコンビニに走るし、気絶するまで食べる。

この1週間ずっと過食でした。
気絶するほどまで食べるにはならなかったけど、食べる量は明らかに過食の量で、夜中に食べ散らかす。罪悪感、自己嫌悪、汚い部屋、汚い身体。午前2時くらいに寝て…出勤ギリギリまで布団にいて…。

水曜日についにやってしまいました。
遅刻。
2分の遅刻だったけど、大学休学時代1年半働いた工場でさえ一度も遅刻したことなかったのに・・・。あの時だって過食できつい時もあったのに・・・。終わってる。もう死ねばいいのに。自己嫌悪真っ最中は凶暴な言葉しか出てこない。過食って何ナノ?病気?ただの私のていたらく?病気なんだよ、わかってる。だって本当に異常だもん。だけど世間には理解してもらえない。テイタラクだとした思ってもらえない。自分もわからなくなってる。少し前に決意したことをその次の瞬間破ってる。でもそれが過食症。もう何年付き合ってるの?もう自分の一部分みたいなもん。もう嫌だ。投げやりにもなる。
だけどがんばらないと・・・。

会社に行くのが辛くて、同期の子と話してるときに「この仕事、本当にやりたいことじゃない、好きじゃないような気がする、自分に向いてないのは重々承知してるし、でも続けていくべきなのかなぁ?」と相談した。その時は本気で言ってた。だけど本当はそうじゃなくて、過食がひどくなってる今、会社に行くこと自体が辛くて、他の言い訳を探してる・・・。本当は雇ってもらえただけで感謝してるし、給料だって上げてもらえたし、周りの人たちもいい人ばかりだ。私は卑怯です。

がんばるという言葉を貶めてしまうから極力使わないようにしようと決めてたけど、がんばるという言葉をいかにして使わないかにがんばっててバカみたいだと気づきました。なのでもうこだわりません。何回も裏切るし、何回も懺悔するし、何回も何回も・・・だけど歩いていくしかない。
がんばるしかない。

一週間過食し続けた今日、会社で開き直りました。傍目には変わってないと思うけど、気持ちを開き直らせた。でないともうどうしていいかわからない。締め切りにも間に合わない。会社に病気であることはカミングアウトしたけど、だからって別段普通ですと言い切った。そして今、初めて仕事をさせてもらってるのに・・・。自分が望んだのに。普通を努めてがんばるしかない。

とりあえず、週末がきたので良かった・・・。一日短い一週間のはずなのに、過食のせいで、正月気分が取れないせいもあってなのか長く感じた。
辛いよ、辛いよ、辛いよ。
でもがんばる・・・。
そうやって生きていくんだね、人は。
| 心と身体 | comments(2) |
| 1/11 | >>
Material by Night on the Planet
Template by NoIndex